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【試し読み】『What’s the story? オアシス全曲解説』1994— “スーパーソニック”

『What's the story? オアシス全曲解説』著者:テッド・ケスラー/ヘイミッシュ・マクベイン 訳者:鈴木あかね

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リアム・ギャラガー激賞!オアシス全134楽曲を網羅した唯一の楽曲解説本 “決定版”
『What’s the story? オアシス全曲解説』

2024年8月、英ロックバンド「OASIS(オアシス)」の再結成が発表され、16年ぶりのワールドツアーに世界中が沸き立ち、感動のライブが繰り広げられる今年、オアシスの音楽性と時代性を反映した、全134楽曲の解説書『What’s the story? オアシス全曲解説』が10/7に発売となります。

「テッド・ケスラーとヘイミッシュ・マクベインは最高の奴らだ。音楽ジャーナリズム界のダドリー・ムーアとピーター・クックだな。 LG x」 ――リアム・ギャラガー

「この本は必読だ。ヘイミッシュとテッドほどバンド、音楽、その影響について知っている人はいない」
――マット ・ ホワイトクロス(映画 『オアシス : スーパーソニック』監督 )

オアシスの始まりからの全記録とも言える本書を著したのは、リアムが絶賛する音楽ジャーナリストのテッド・ケスラーとヘイミッシュ・マクベイン。オアシスデビュー当時から何十回ものインタビューを担当してきた他、メンバーのオフィシャルブックやアルバム・ライナーノーツの執筆など、オアシスというバンドをジャーナリズムの視点から調査分析し、言語化してきた、ギャラガー兄弟を“誰よりも深く知る”二人。バンドやそのマネジメントとも深い関係を築いてきた彼らだからこそ書けた、オアシスの内側に迫る決定的ドキュメントとなっています。

待望の来日公演が目前に迫る今、オアシスの楽曲を聴き直しながら読んでほしい本書。発売まで待ちきれない!という方のために、発売に先立ち、試し読みを公開いたします。

特設サイト公開中!
https://books.jeane.jp/oasis_the_masterplan

 


What’s the story? オアシス全曲解説』試し読み

1994

 ジャスティン・ビーバーとハリー・スタイルズが誕生したこの年に、映画『ショーシャンクの空に』『フォレスト・ガンプ』『パルプ・フィクション』が公開され、その前の1月には『フォー・ウェディングス』も公開された。4月11日、オアシスのデビュー・シングルが発売される6日前、カート・コバーンが自殺した。5月にはネルソン・マンデラが南アフリカ初の黒人大統領に就任。2週間後、エルヴィス・プレスリーの娘がドミニカ共和国でマイケル・ジャクソンと結婚。5月にはプリンスが名前をシンボルに変更。6月17日にはO・J・シンプソンと警官のカーチェイスが全国放送され、同日、第15回FIFAワールドカップが米国で開幕。イングランドは予選を突破できず、最終的に優勝したのはブラジルだった。TVドラマ『フレンズ』の初回エピソードが9月に放送された。ピンク・フロイドとローリング・ストーンズがそれぞれツアーし、ビートルズの『ライヴ・アット・ザ・BBC』がリリースされた。1994年にヒットしたロックアルバムの多くはアメリカのもので、たとえばグリーン・デイの『ドゥーキー』、オフスプリング『スマッシュ』、サウンドガーデン『スーパーアンノウン』、そしてニルヴァーナがカートの死後、リリースした『MTVアンプラグド・イン・ニューヨーク』などだ。とはいえ、大西洋の反対側、イギリスでも新たな動きが起こり始めていた。

“スーパーソニック”
シングル発売:94年4月11日

 北大西洋に浮かぶジメジメした小さな島イギリス。そんな国なのに、時代に苛立つ若者たちが妙に写真映えのするバンドを組み、ユース・カルチャーをひっくり返すほどのデビュー・シングルを乱発する─。そんな、世界に嫉妬されるような歴史も築いてきた。〝アナーキー・イン・ザ・UK〟に〝リラックス〟〝アイ・キャント・エクスプレイン〟〝ハンド・イン・グローブ〟〝トランスミッション〟〝バージニア・プレイン〟〝ギャングスターズ〟〝アイ・ベット・ユー・ルック・グッド・オン・ザ・ダンスフロア〟は最高だった。そして〝香港庭園〟に至っては……まあ、とにかく枚挙にいとまがない。

 とはいえ、オアシスのデビュー・シングル〝スーパーソニック〟の冒頭50秒ほど、このバンドの数十年にわたるキャリアを正確に予言したものはなかったのではないか。

 素朴なドラム・ビート。ギターのネックを滑り落ちるようなスライド。そしてぐるぐると回るリフが威嚇するようにふた回り、そしてもうふた回り。そこにもう一本ギターがパワフルに扉を蹴破るように突入してくる。その時点でリスナーはもう完全に持っていかれる。

 そして入ってくる声。まるで契りを交わすようにまっすぐ、かつダイヤモンドのように硬質なヴォーカルだ。《俺は自分自身でいたいI need to be myself》。それはなぜか? 《他の誰にもなれないからI can’t be no one else?》。それだけが真実だ……僕たちはあとでそれを思い知ることになる。

いまの気分はスーパーソニック 俺にくれよジン・トニックI’m feeling supersonic, give me gin and tonic》。うじうじ悩む時代も、自己憐憫の時代も終わった。《おまえはすべてを手にできる。どれだけ欲しい?You can have it all, but how much do you want it ?》。小さくまとまる時代も終わった。俺たちが狙うのは月を目指しての大冒険だ。

お前を見てると笑えてくる……You make me laugh

 これは約束のようなものだった。、リアム・ギャラガー。世界中で愛され、熱狂され、モノマネされ、憧れられ、惚れ込まれ、最高に笑わせてくれるロックスター。バーネイジ出身のありふれたクソガキ。子どもの頃はコンカーズ[木の実をぶつけ合う遊び]に夢中で、音楽なんか聴かず、歌うことにも興味はなかった。ただしそれも15歳のときにマンチェスター南部のセント・マークス中等学校の校門の外で別の学校の生徒に金づちで頭をぶん殴られるまでのことだった。

 リアム「タバコ吸ってたら、誰かが走ってきて、別の学校のやつらがウチの女子を張り倒しやがったって言ってきてよ。俺ら4人で校門の外に出たら、向こうは15人くらいいて、それで大喧嘩よ。パーカーのフードで顔を隠したやつが俺に向かってきたから、ちょっと小突いてやったら『喰らえ!』っていきなり金づち出して俺の頭をぶん殴りだした。気がついたら病院だった」

 そして世界が一変していた。

「いや、一瞬で全部変わったわけじゃねんだけどよ」とリアムは言うが、それでも退院直後にもう変わっていた。「それまではサッカーとハッパとケンカしか面白いと思ったことがなかった。ギターなんて全然興味がなかった」。音楽なんて「暗くてキモいやつらの趣味」だと思っていた。金づち事件の1週間前までリアムはマドンナの〝ライク・ア・ヴァージン〟をくだらねえし、ムカつく曲だと思っていた。でも「昏睡状態から覚めたらいきなり日本語とかロシア語をしゃべり出すってやつあるだろ? ああいう感じで〝ライク・ア・ヴァージン〟は超名曲だって悟っちゃってよ」。さらに数週間後、リアムは初めてストーン・ローゼズをちゃんと聴いた。「もうビスト・キッド[香りの高さが売りのグレイヴィーのTVCMに出てくるアニメの子ども]みたいな。匂いを嗅いだ瞬間、うわっ、ヤラレたって! あそこがすべての始まりだったな」

「あいつのアタマに音楽をぶち込んじゃったやつ、けっこう罪深いよな」と兄ノエルは笑う。「言っとくけど俺は全然関係ないよ。その日は完璧なアリバイがあるしね」

 ノエルにとって大事なのは、もちろん音楽、すなわち楽曲であり、まさにこの楽曲〝スーパーソニック〟で僕たちは我らがヒーロー、リアム・ギャラガーと初対面することになる。おそらく読者もリアムを初めて見たのはそのプロモーション・ビデオでだろう。キングス・クロス地区の屋上で例の独特の歩き方で水たまりを撥ね散らかし、そしておそらく映像に記録された中で一番笑顔に近い表情を見せるリアム。

だって友達が〝お前を家に連れてけ〟ってさ……Cos my friend said to take you home …

 おそらく読者は釘付けになっただろう、あの顔、髪型、ボタンを一番上まで留めたスウェードのコート。そして目つき。リアムは言ったことがある。「俺はマンチェスターで穴掘ってたときからもうロックスターみたいでさ。その頃からイケてた。クソ作業着でクソ・シャベル持ってようと、通る連中は俺の顔を見ないではいられない。エアードリルでクソまみれになってても俺はカッコいいわけよ」

 マンチェスターでの穴掘り時代から〝スーパーソニック〟のビデオ撮影までほんの数年しか経っていない。バンド結成前にボーンヘッドの家で初めて歌を歌ってみたリアムも、〝スーパーソニック〟を歌ったリアムも同じリアムだったのだ。

「外見も中身もリアムは最初からリアムだったんだよ」とボーンヘッドは言う。「コートも髪型も歩き方も全部イケてた。声なんか……もうワーオって声出しちゃうくらいだった」

 女子たちは彼といたがり、男子は彼になりたがる(頭をどつきたがるやつもいたが)。それでも、リアムに〝スーパーソニック〟を書いてくれるノエルがいなかったら? 彼はマンチェスターで一番イケてる土方のあんちゃんで終わっていたかもしれない。そしてノエルに弟がいなければ……?

 ノエル「リアムがいなかったら俺たちはこういうバンドにはなってなかった。たしかに曲は重要だけど、オアシスを成立させる要素が2つある。あいつの声と俺の作る歌だ。リアムがいなかったら、そこらのバンドで終わってたかもしれない。他の誰かが歌うなんて想像できない」

 だから「2人にはお互いが必要だった。そしてお互いを信じていた」。ただし、最初のシングルをアラン・マッギーの提案に従ってニヒルで斜に構えたパンクっぽい〝ブリング・イット・オン・ダウン〟にしていたら事情は違っていたかもしれない。マッギーはこの曲を「(セックス・)ピストルズとかザ・ストゥージズみたいで最高」と評価していたとノエルは言う。

 だが93年12月、彼らがリヴァプールのピンク・ミュージアム・スタジオ(OMDのアンディ・マクラスキーが所有)に3日間こもり、デビュー・シングル用に〝ブリング・イット・オン・ダウン〟の録音を始めたとき、問題が発覚した。スタジオでの演奏がどうにもハマらなかったのだ。

「リハやライヴで出せていたノリが、スタジオだと出せなかった」とノエルは語る。

ノエルと共同プロデューサーを務めたマーク・コイルも同意見だった。「俺たち全員が経験不足だった。初日は最悪で、そのあとますます悪くなった。セッション全体が崩壊していくようだった」

 ノエルは、トニー・マッキャロルのリズムが安定しないことに気づいた。スタジオの空気は険悪になっていった。手ぶらでスタジオを出なければならなくなるかもしれないとノエルが焦っているのを見たトニーとクリス・グリフィスが別の曲を試してみようと提案した。

「ノエルにはリフがひとつだけあった」とコイルは言う。とにかくそのリフを中心にバンドは即興で演奏を始めた。マッキャロルも問題なくついてこられるようなスローなテンポだ。

 しばらくすると、誰かが腹減ったと言い出して中華料理の出前が届いた。ノエルはその間、それまでの成果物から何かを見つけられるかもしれないと考えていた。

「バックルームに戻った」とノエルは映画『オアシス:スーパーソニック』で話している。「アホみたいに聞こえるかもしれないけど、6人が中華食ってる間に〝スーパーソニック〟を書いたんだ。マジで奇跡かと思った」

 ノエルは出前を食べているメンバーのところに戻ると、デビュー・シングルができたと告げ、みんなに聞かせた。驚いた一同はそのままスタジオに入り、「めちゃくちゃスローに」演奏した。証言者により多少違いはあるものの、ノエルが曲を書いてから録音~ミックスまでにかかった時間は8時間から11時間だったという。

 ボーンヘッド「とにかくスケールがデカかった。でっけえ曲だったんだよ」

 マンチェスターまでの帰り道、マーク・コイルのルノー車の中でノエルもカセットを聴き、同じように感じた。〝ブリング・イット・オン・ダウン〟に負けないし、これまでの自分の他の曲に匹敵する出来栄えだと思った。みんなの演奏も完璧だったが、決定的だったのはトニー・グリフィスがブリッジに重ねた「ア~」というバック・コーラスだった。〝スーパーソニック〟をひとつ上の水準に引き上げているのはビートルズへのリスペクトでありオマージュの部分なのだ。

 歌詞も気に入っていた。短時間で書いて、サイケがかったフレーズの数々はシングルが世に出ると散々バカにされることになったし、実際いい加減な部分も多かった。たとえば《エルサって女の子はアルカセルツァーにハマってるa girl called Elsa, sheÅfs into Alka-Seltzer》はスタジオでノエルにつきまとっていた、ひどいおならをする巨犬ロットワイラーのエルサにインスパイアされていた。それでもこうした無意味で謎解きのようなフレーズやライム(韻)のなかに、オアシスの哲学や美学、人生観ががっちりと刻みつけられていた。

 ノエル「俺は曲を書くとき、最初の数行でストーリーを作り上げる。そのあとは何が何だかわけがわからなくなる。でも小説を書いてるんじゃない。ポップソングなんだからそれでいいだろ。俺が好きな曲はこれは俺のことを歌ってると思える曲だ。だから曲の解釈はリスナーにまかせる。意味がないように聞こえるんだろうけど、俺にとっては意味のあるフレーズがいっぱいある。俺の育ちとか人生についてね。でもわざわざ他人に意味を説明する気はない。大事なのはとにかくメロディなんだ。マジックはそこにある」

 BBCメイダ・ヴェイル・スタジオでマッギーに〝スーパーソニック〟を聴かせたとき、彼もそのマジックを感じ取った。ただし約束していた〝ブリング・イット・オン・ダウン〟ではなかったのには意表を突かれたという。

 マッギー「ノエルが『レコーディングはゴミだった。でも新しいヒット曲が書けた』って言ってきてさ。ふつうなら『おいおい、待てよ』ってなるだろ?」

 ノエル「でもマッギーは有頂天だった。めちゃくちゃ気に入ってたよ」

 まさに屈辱的な失敗からの大逆転。〝スーパーソニック〟は今でもノエルが「一番好きなオアシスの曲」だ。その成り立ち、意味、サウンド、空気感……すべてが彼にとって特別なのだ。筆者にとっても同じである。TK

 

この続きは本書でお楽しみください

Introduction 序章 オアシス、その勝利の爆音(ノイズ)試し読みはこちら


What’s the story? オアシス全曲解説

リアム・ギャラガー激賞!兄弟の本音とドラマ満載!
オアシス全134曲を網羅した唯一の楽曲解説本”決定版”

ギャラガー兄弟を“誰よりも深く知る”音楽ジャーナリスト、テッド・ケスラーとヘイミッシュ・マクベインが全134曲の解説を軸にオアシスの背景とその時代性を鋭く描き出す。バンドやそのマネジメントとも深い関係を築いてきた彼らだからこそ書けた、オアシスの“内側”に迫る決定的ドキュメント。

“ドント・ルック・バック・イン・アンガー”“ワンダーウォール”などの代表曲からB面、隠れた名曲まで―全楽曲の制作背景と文化的影響を徹底解説。1994〜2009年のギャラガー兄弟とのインタビューから、未公開エピソードや舞台裏を多数収録。

私たちにとって、オアシスとは何か?
長年オアシスを取材してきた著者が、楽曲解説を軸にオアシスというバンドの背景と社会的影響力、時代性を鋭く描き出した唯一無二の決定版!

書誌情報

タイトル:What’s the story? オアシス全曲解説
著者名:テッド・ケスラー/ヘイミッシュ・マクベイン
翻訳者名:鈴木あかね
仕様:A5判/ハードカバー/452ページ
価格:定価3,520(本体3,200円+税)
ISBN:978-4-910218-39-7
発売日:2025年10月7日
発行元:ジーンブックス/株式会社ジーン

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テッド・ケスラー/ヘイミッシュ・マクベイン

Profile

テッド・ケスラー/ヘイミッシュ・マクベイン

テッド・ケスラー
音楽ジャーナリスト。イギリスの音楽週刊紙NME編集部を経て、月刊音楽誌Qの編集部へ。初のオアシス取材はNME時代の1994年、デビュー・シングル“スーパーソニック”のリリース直後だった。オアシスとのインタヴューは十数回を超え、最後の取材は2009年、アムステルダムの移動中、バンド解散の数か月前だった。リアム・ギャラガーの表紙インタビューもこれまでに5回担当。UKロックに関する著書多数。イギリス在住。

ヘイミッシュ・マクベイン
音楽ジャーナリスト。NME編集部に在籍中、オアシスの解散劇を最前線で目撃。バンド最後の公式ツアー・パンフレットを執筆。2018年、ノエル・ギャラガーの『Any Road Will Get Us There (If We Don't Know Where We're Going)』を共著した。『ビィ・ヒア・ナウ』リイシュー盤のライナーノーツも執筆。これは公式オアシス展『CHASING THE SUN: OASIS 1993 - 1997』で拡大展示された。イギリス在住。

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