「僕らは未来の先住民」をテーマに煌びやかな色遣いのコラージュ作品を発表する現代アーティスト、長尾洋。キャリア初の作品集『Portrait in Collage』は、2023年10月YUGEN Galleryにて開催された個展「Wild Thought:野性の思考」に合わせて企画され、約10年間の作家活動を振り返るものとなる。作品集を通して気づいたこれまでの歩み、そして今後の展望について聞いた。
旅で発見しながら、今ここにいる

グループ展「RESONANCE」会場のYONABE GALLERY(神奈川県横須賀市)にて。※展覧会は終了しています。
—初の作品集について現在の感想を教えてください。
これまで取り組み、伝えたいと思ってきたことを凝縮した作品集となり、自分自身パワーアップした実感があります。本物の作品を見ることができる人は限られていて、今はオンライン上で作品を見ることもできるかもしれないけれど、よりリアルに自分のメッセージを世の中に問いかけることができる新しい武器を手に入れたという感じです。
—10年にわたる活動をどのように振り返りますか?
初めは日本でぼんやりと作品を作っていて「やっぱりヨーロッパに行かなきゃ」と思い立ったわけです。最初に訪れたドイツで自分の中で面白いテーマを見つけ、そこからいろんな国を旅して人と出会い、素材を見つけながら作品を作ってきました。
作品集の制作は2023年夏頃から始まり、10月の展示に向けての制作も同時に進んでいくことになったので、過去作品だけでなく“現在進行形”の作品を加えることになりました。作品集を作る過程で少しずつ新たに見つけたものがあったんですよね。
それが10年間自分が辿ってきたプロセスと重なり「こうやって、ここまで来たんだな」と感慨深いものがありました。と同時に、アーティストとしてまだ道半ばで、ここから進む道が長いな、というのも強く意識させられました。
—アーティストとして道半ばとは、どんな思いがあるのでしょうか?
自分が(コラージュの)素材としている雑誌には時代の瞬発力であったり象徴が詰まっていて、それをパーツとして抽出しているわけですけど、ナミビア、メキシコ、インド、モンゴルといった国を旅していると、時代を巡っている情報とはまったく別物の、それぞれの地域の人たちがずっと大事にしてきたものを見せつけられるわけです。
伝統や生活の一部になっている文化の揺るぎなさ、その重みに圧倒された。自分はアートという大きなものに挑んでいるのと同時に、芸術家としてそうした伝統文化に負けない作品を作るんだという気持ちがあります。
「ありあわせ」の物が作品に化ける面白さ
—
人物や動物をモチーフにする作品が主に占めるなかで、2023年には《炎》といったフォーヴィズム時代のブラマンクやカンディンスキーといった抽象絵画を思い起こさせる、これまでとフェーズの違う作品が生まれました。
ポートレートや人物の全身を描くのにコラージュを重ねていくと境界がどんどん曖昧になっていくんです。コラージュで描き込むほどに(ものの)形はあってないようなものになっていく。それが、一定の形を持たない炎や雷、風といった自然現象に重なると気づいて制作しました。これまでも作品の中で雷や風は(背景に)描いてきたので、自然現象をモチーフとした作品には今後取り組んでいこうと思っています。

「Portrait in Collgage」所収作品《炎》
ーコラージュという手法を改めて、どう捉えていますか?
作品集の中でも触れていますが(クロード・)レヴィ=ストロースのブリコラージュのように日常生活の中で当たり前にある材料をかき集め、組み合わせて作っています。日本画の顔料のような専門家しか触れないものを使って作るのとは対極にあります。(美術の)専門性が先行することよりも、その辺に転がっているようなものが、いかに作品に化けていくかが相当面白いと思っています。
最近は、その当たり前にある素材や道具がどこからやってきたものなのか、誰から手に入れ、それは何であるのか?といったことを意識するようになりました。自分で見つけるものもありますが、人との縁で手に入れるものが多いので。メキシコで作品を制作した時に材料は全部現地調達したことがすごく面白かったので、自分が居合わせる時と場所で「ありあわせ」にアプローチすることが大事だと改めて感じています。
土地のシンボルに命を吹き込む

壁画《調和と教え》。2023年7月、三重県南伊勢町神前浦で開催された天王祭の時に撮影。
—現在、三重県南伊勢町で壁画《調和と教え》も制作しています。どんな絵を描いているところですか?
古くから伝わる神事や民話といったこの土地にまつわるモチーフは昨年までに描き終わっていて、今は現在の町の光景を描いています。隣町の小学校が廃校になり、跡地にスケートボードパークができたんです。子どもたちが集まる人気のスポットになっていて、僕自身もスケボーをやるのでセクションやジャンプ台を描きました。あとは、やはり漁師の街なので漁師を登場させたり。
壁画をきっかけに、この街に来るようになって漁師さんをはじめ地元の人達との関係性が生まれたので、そこを描きたいと考えています。
おこがましいかもしれないけれど、壁画は土地のシンボルに命を吹き込んでいる感覚があります。無機質で沈んだ塊のような防波堤だったものが、防波堤以上の何かになってくれて、地元の人に愛される生きたものになって欲しいと思っています。だから何が描かれているとか絵の細かいことは関係なくなってきていますね。

壁画制作の様子。(2022年時)
—それはまさに「僕らは未来の先住民」という長尾さんのテーマであり、未来に残していかなければいけないものを実際作っていることになりますね。
最初に幅10mほどの絵を描いた時には考えてなかったですけど、そういう感じになっちゃっていますね。この土地を守ってきた防波堤や受け継がれてきたお祭りといった、この先もずっと残るものを地元の人たちと形にしている。メキシコやモンゴルでやってきたことも同じです。
つい先日も地元の友達の娘さん、小学校高学年くらいの子に下絵のローラー塗りを手伝ってもらったんですよ。感想を聞いたら「(ゲームの)スプラトゥーンよりも難しかった」って言うんでね。当然なんですけど、彼らはデジタルが先で僕らとは真逆で不思議な感覚。
高画質印刷による色の再現性とか技術の発展はすごいけれども、絵具で塗った色は同じ色でも再現できないものがある。そういう生というか実体のある素材を扱う重要性は、今後増していくと思っていて、それを伝える使命感を感じています。
手を動かし見えてくる創作の余白

作品《LA PENESEE SAUVAGE》制作時の様子
—やはり、道半ばですね。今後考えていることについて教えてください。
また、10月にも展示が控えているので、そこに向かっていきたいのもありますが、作品を発表することを目的とせず自分の表現を探求したいですね。ビーチに落ちている流木とか自分で触って選んできたもので何か作れないかなとは考えていて、毎年宣言している気もするけど、そろそろ立体作品をやりたい。
作品に活かされるかどうかと頭で考えるより先に手を動かし、素材をこねくり回しているうちに見えてくる創作の余白を見つけたいと思っています。
「僕らは未来の先住民」。言葉としての表現は今後変わるかもしれないが、根っこの部分は変わらないと話す。今を生きる私たちが未来の世代に何を残していくのか。世界に対する問いかけであり、長尾さんの創作の糧でもある。コラージュに浮かび上がるのは作家自身の肖像であり、世界の肖像。
『Portrait in Collage』について
書籍概要
「僕らは未来の先住民」をテーマに、世界で活躍するコラージュアーティスト・長尾洋さんの2013年から2023年までの10年間に制作された作品62点を収録した初の作品集です。本書には、海外ギャラリーからの特別寄稿や、世界各地でのフィールドワークの記録とそこから生まれた作品の解説が、作家自身が撮影した写真とともに収められています。さらに、国内外で手がけた大規模な壁画作品やアトリエでの制作風景のショットも掲載しており、世界を舞台にしたアート・ドキュメンタリーとしても楽しめる内容となっています。
書誌情報
書名:『Portrait in Collage』
著者:長尾洋
仕様: B4判変型(325×260mm)/ハードカバー/ 140頁(フルカラー)
言語:英語(全文日本語翻訳小冊子付き)
価格:6,380円(本体5,800円)
ISBN:978-4-910218-37-3
発売日:2024年7月17日(水)
▶︎詳細はこちら
記事一覧